水郷柳河

北原白秋・水郷柳河の現代語版

2021-11-01から1ヶ月間の記事一覧

南関

私の第二の故郷は肥後の南関であった。難関は柳河より東五里、筑後との境の物静かな山中の小市街である。その街の近郊外目(ほかめ)の山あいにあたかも小さな城のようないつも夕焼けの反照をうけて、たまたま旧道をゆく人の驚いて仰ぎ見るところとなった天…

沖ノ端(三)

庭にはむろんザボンの老木が十月となれば何時も黄色い大きな実をつけた。その後の高い穀倉に秋は日ごとに赤い夕陽を照りつけ、小流を隔てて十戸ばかりの並倉に夏の酒は湿って悲しみ、温かい春の日のぺんぺん草の上に桶匠(おけなわ)を長閑に槌を鳴らし、赤…

沖ノ端(二)

沖ノ端の写真を見る人は柳、栴檀(せんだん)、石榴(ざくろ)、櫨などのかげに、しかも街の真中を人工的水路の、水もひたひたと白く光っては芍薬の根を洗う洗濯女の手に波紋を描く夏の真昼の光景に一種のある異国的情緒が微かに漂うのを感じるであろう。あ…

沖ノ端(一)

柳河を南に約半里ほど隔てて六騎(ろっきゅ)の町沖ノ端がある。(六騎とはこの街に住む漁夫のあだ名であって、昔平家没落の砌(みぎり)に打ち洩らされた六騎がここへ落ちてきて初めて漁(すなど)りに従事したという、そしてその子孫が代々その業を受け継…

水郷柳河(六)

要するに柳河は廃市である。とある町の辻に古くから立っている円筒状の黒い広告塔に、折々、西洋奇術の貼り札が紅いへらへら踊りの怪しい景気をつけるほかには、よし今のように、アセチリンガスを点け、新たに電燈をひいてみたところで、格別、これはという…