水郷柳河

北原白秋・水郷柳河の現代語版

水郷柳河(四)

 日光の直射を恐れて羽蟻は飛びめぐり、掘割には水涸れて悪臭を放ち、病犬は朝鮮薊の紫の刺に後退りつつ咆え廻り、蛙は青白い腹を仰向けて死に、泥臭い鮒のあたまは苦しそうに泡を立てはじめる。七八月の炎熱はこうして平原のいたるところの街々に激しい流行病を仲介し、日ごとに夕焼の赤い反照を浴びせかけるのである。

 この時、海に最も近い沖ノ端の漁師原には男も女も半裸体のまま紅い西瓜をむさぼり、石炭酸の強い異臭の中に昼は寝ね、夜は病魔退散のまじないをとして廃れた街の中、あるいは堀の柳のかげにBANKO(縁台)を持ち出しては盛んに花火を揚げる。そうして朽ちかかった家々のランプのかげから、死に瀕したコレラ患者は恐ろしそうに布団をはいだし、ただじっと薄明りの中に色を変えてゆく五色花火のしたたりに疲れた瞳を集める。

 焼酎の不摂生に人々の胃を犯すのもこの時である。そうして雨乞いが思い思いに白粉をつけ、紅い隈どりを凝らした仮装行列の日に日に幾隊となく続いていくのもこの時である。そうは言ってもまた久留米絣をつけ新しい手籠をかかえた菱の実売りの娘の、懐かしい「菱シヤンヲウ」の呼び声を聞くのもこの時である。